予防と健康管理レポート
はじめに
うつ病は「こころの風邪」といわれる。確かに、誰もがかかりうる病気という点では風邪と同じだが、うつ病は風邪のように短期間に治る病気ではなく、放っておけば自殺につながりかねない大変つらい病気といえる。最近では、厚生労働省は「こころの肺炎」と呼んでいる。
私たちはうつ病の時代に生きているといえる。ビデオでは人一倍真面目で責任感が強く、人情深い性格が主な原因となり、ストレスフルな現代社会の中で揉まれうつ病になった社会人について紹介されていた。一方、老年期のうつ病は、身体・脳の老化要因、ホルモンバランス、社会的心理的要因が関与しその病像を修飾、複雑化している。それらのことに興味を持ったので、女性更年期のうつと記憶障害について調べた。
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depression brain function
論文の概略
年配の女性で記憶機能、うつ、老化の相互関係を調査した。まず、記憶障害は老年が進行するにつれ、うつの状態でさらに助長されると仮定した。 研究は55歳から83歳の閉経後の女性で平均年齢67.8歳、44人の女性を対象に行った。対象のサンプルはうつとうつでないサブグループに2分した。 方法は記憶に関するアンケートと視覚手紙回想テストを行った。 結果は仮説を支持しなかった。
記憶障害を持つ人はうつとは密接な関係がないことがわかった。 記憶障害はうつの人とうつでない人ではほぼ同じ結果がえられた。記憶障害はうつとうつでない人では同じ位の確立で発症しやすい。ただし、うつの人が発症した場合進行度は早い。
次にうつの兆候と年齢の関係について述べる。女性は閉経後エストロゲンの減少によりうつの兆候が現れることもあるが、大部分は老化とうつの兆候は関係しない。
論文の内容と考察
○更年期障害とうつ病の時期
更年期障害とうつ病の時期症状が重度になると更年期障害を引き起こす要因になる更年期 特有の諸症状として、のぼせや発汗などの症状が代表的だと言われてきたが、近年では無気力 や不安感、心的不安定状態からおこる睡眠障害など、更年期の時期に発症した精神症状から、うつ病などの更年期障害へと悪化するケースが増えてきている。 更年期によく見受けられる様々な精神症状は、更年期に差し掛かる閉経直前の時期に発症する場合が多く、更年期を過ごしていくことになる閉経後には、精神症状の悪化による「うつ病」などの更年期障害へと変化することが多いようだ。更年期障害へと悪化させないためにも更年期までに生活習慣の改善や、更年期時期の過ごし方などの知識を身に付けていくことが好ましいといえる。
○更年期と閉経
更年期は卵巣の排卵機能や内分泌機能の低下し始めるほぼ40歳頃から排卵機能の停止する閉経までの期間である。成熟した女性の卵巣や子宮は約28日を1周期とする周期的な変化を示している。この性周期は卵巣から分泌される卵胞ホルモン(エストロゲン)と黄体ホルモン(プロゲステロン)の規則的な変化によって行われている。脳下垂体前葉から分泌される卵胞刺激ホルモンFSHによって卵巣では卵胞が発育して成熟し、エストロゲンを分泌する。エストロゲンは子宮粘膜の増殖を促進し、また下垂体のFSHの分泌を抑制し、黄体ホルモンのLHの分泌を促進する。FSHとLHの比率が一定になると排卵が起こる。一方、排卵後の卵胞には卵胞膜が増殖して黄体が作られ、エストロゲンとプロゲステロンが分泌される。プロゲステロンは子宮粘膜を肥厚、充血させて分泌を盛んにする。これは受精した卵子が着床しやすいようにするためである。受精が成立しない場合には黄体ホルモンの分泌がやむと子宮粘膜は崩れ月経となる。更年期の始まりである40歳代になると排卵周期が急減するばかりではなく月経周期も不規則になる。卵胞数の減少に伴って卵巣からエストロゲンとプロゲステロンの分泌される量は20〜30歳から減少しはじめてほぼ40歳を境にして著しく低下する。FSH、LHは40歳を超えると増大し、閉経後には高値を示す。しかし、下垂体から分泌する副腎皮質刺激ホルモンACTH、甲状腺刺激ホルモンTSH、プロラクチンPRLなどは加齢とともに徐々に変動するが閉経により大きく変化することはない。
○閉経に伴う身体的、精神・心理的変化
卵巣機能の低下に伴って、閉経前後には更年期失調が見られるようになる。更年期失調は更年期症候群ともよばれていて、国際閉経学会では次の3つの項目にまとめられている。
1)卵巣機能の低下によって起こり比較的早い時期には、エストロゲン分泌の低下による顔面熱感、発汗、萎縮性膣炎がみられる。比較的遅い時期には膀胱機能障害のような末梢組織の代謝性変化に基づく様々な症状が主なものになる。
2)社会環境に関連する社会・文化的要因が関与している。
3)個人の性格構造に基づく心理的因子が関与している。
更年期失調はmenopausal index(閉経期指数)をもとにして評価している。この論文では閉経指数を用いて更年期失調の様相を観察した。その結果、何らかの更年期失調を訴えた人たちは87.2%いた。その内容は、ほてり、hot flushを主訴とする血管運動神経障害様症状が63.5%、肩こり、腰痛、手足の節々の痛みがあるが44.9%、疲れやすい(全身倦怠)34.0%、夜なかなか寝付けない、夜眠ってもすぐ目を覚ましやすい(不眠)31.8%、頭痛20.2%と多く出現していた。閉経に伴う不定愁訴の出現については、多くの研究が行われていて、その結果、ほてりを主訴とする血管運動神経障害様症状は、閉経の前後に非常に出現しやすいことが明らかになっている。
○記憶障害
記憶障害は脳の障害で生ずるが障害部位と記憶障害の症候から、記憶に果たす脳の部位の役割を推定できる。脳震盪を起こすと、古い記憶は保持されるが直前の記憶が失われることがあり、これを逆行性健忘という。麻酔や電気ショックでもみられる。時間的にショックに近い記憶のほうが失われやすいことは、記憶固定が十分でない短期記憶が忘却されやすいからである。何かのきっかけで思い出すこともあるから、想起の障害も関与すると考えられる。
前行性健忘は新しい情報を学習できない状態で短期記憶まで情報は流れても長期記憶へは流 れない。アルコール中毒などでコルサコフ症候群を示す患者にみられる。一次記憶、および発症以前の二次および三次記憶は正常で一次から二次記憶への情報の転送が障害されている。患者はわずか前のことが思い出せないため、人や時や場所の見当づけができない。(見当識障害)。このような患者では乳頭体、海馬周辺、前頭葉底部、帯状回に病変があることが多い。すなわち海馬を始めとする辺縁系は陳述的記憶の記憶固定に重要である。新しい出来事や新しい環境 に対して経験したことがあるように間違った感じを抱くことを既視現象という。
○記憶の神経機構
記憶の神経機構にはシナプスの可塑性、すなわち伝達効率の長期的変化が関係している。海馬でのシナプス伝達の長期増強LTPや小脳での長期抑圧LTDは可塑性変化の具体例であるがLTPやLTDは脳の多くの部位で生ずる。LTPの誘導についてはシナプス前末端説とシナプス後細胞説がある。海馬錐体細胞の樹状突起のグルタミン酸と結合すると非NMDA型は数秒開孔するが、 Caイオンの透過性は悪い。しかしこれによる脱分極でNMDA型受容体をブロックしていたMgイオンがはずれて、NMDA型の開孔が起こる。これによってCaイオンを含む陽イオン電流が数100秒流れて、シナプス後細胞の細胞内Caイオン濃度が上昇する。CaイオンによってCaイオン依存性CAMKやCキナーゼが活性化され、グルタミン酸受容体がリン酸化されシナプス効率が高まる。Caイオンによって生じるアラキドン酸やNOがシナプス前細胞に拡散して伝達物質放出を増強するものも重要である。やがてCaイオン上昇は遺伝子の発現にも影響を与え、LTPが長期維持されると考えられる。
○老年期うつ病の診断
うつ病の診断基準は英国精神医学会による精神疾患の分類と診断の手引き第4版のうつ病エピソードや国際疾病分類第10版のうつ病エピソードが広く用いられている。これらは、推定される原因での分類(内因性、反応性、神経症性など)を止め、診断の一致度を高めることを重視している。
〔うつ病エピソードの診断基準〕
以下の症状のうち少なくとも1つがある。
1)抑うつ気分
2)興味または喜びの喪失
さらに以下の症状をふせて合計で5つ(またはそれ以上)が認められる。
3)食欲の減退あるいは増加、体重の減少あるいは増加
4)不眠あるいは睡眠過多
5)精神運動性の焦燥または制止
6)易疲労感または気力の減退
7)無価値観または過剰な罪責感
8)思考力や集中力の減退または決断困難
9)死についての反復思考、自殺念慮、自殺企画
・上記の症状がほとんど1日中、ほとんど毎日あり、2週間にわたっている。
・症状のために著しい苦痛または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害をひきおこしている。
・これらの症状は一般身体疾患や物質(薬物またはアルコールなど)では説明できない。
○治療
抗うつ薬投与が基本となる。抗うつ薬の作用機序は、モノアミン仮説に基づきシナプス間隙のモノアミン(セロトニン、ノルアドレナリン系など)の量を増し、低下した精神機能を正常化すること、ならびに受容体過感受性仮説に基づくモノアミンの放出、取り込み、代謝が減少しているなか、受容体の感受性を低下させ、機能の正常化を図ることである。抗うつ薬の種類には、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬などの従来型の他に選択的セロトニン再取り込み阻害薬SSRI、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬などの新規型の薬物がある。新規型の抗うつ薬は従来型に比べ、抗コリン性副作用(口渇、便秘、認知機能の低下など)やアドレナリン性副作用(起立性低血圧、過鎮静など)が軽減されるなど安全性が高いとされる。今後さらに、安全かつ、有効性の高い薬物の開発が期待されるだろう。
まとめ
記憶障害を持つ人はうつとは密接な関係がない。記憶障害はうつとうつでない人では同じ位の確立で発症しやすい。ただし、うつの人が発症した場合進行度は早い。